第207話
《熱い夏の夜の夢……ウソ、ホント??》
2012年7月30日
以前にも書いたけど私の父は高倉健さんの大ファン
歌は網走番外地(あばしりばんがいち・第52話)
母は洋画・ポップスのコレクション
だから二人がDVD鑑賞となると意見が割れるのだけど
「ローマの休日」
これだけは父も虜(とりこ)でいっしょ。
時代劇ファンの祖父までも
「オオさんは美人だね」
って、主演のオードリー・ヘップパーンの名前を
今だおぼえられないのにやはり目をくぎづけに。
これは亡き祖母にそっくりと言うのが理由なんだけど
祖父の場合、美人の人には誰にでもだから
たぶんクウェッションマーク2つ?? (第47話)
だけど祖父母の名誉のために皆うなずく事に。
この“ローマの休日”という映画
「ローマを訪問した若くて美しい王女が
警護の目を盗んで一人ローマの街に出ていく」
といったストーリーなんだけど
確かに主演のオードリー・ヘップバーン
美しいのはもちろん
気品があってかつ知的、笑顔もステキで
女性の目からしてもあこがれるというかとても魅力的です。
で、これが今回の主題とどういう何の関係が?
となるのだけど
これからの話はあくまでも“夢”
それに“暑い”ではなく“熱い”夏の夜の夢
またウソか真実かもわかりません。
第一確かめようもなく、信じるか信じないかはあなたしだい
寝苦しい熱い夏の夜の夢物語です。
これは昨年、新旧(この表現、叱られるかな?)何人かで
イギリスのロイヤルウエディングのニュースを観てて
話題が映画「ローマの休日」に及んだ時
ふと中の一人が
「そう言えば……」
と。で
「もう時効だろうからいいかな」
って、その人の体験談をし始めたわけ。
あれごめんなさい、前置きだけでもう紙面が……
本題は次まで待っててくださ~いネ。
第206話
《ポニーのいる終着駅
子供たちの歓迎踊り、そして美女も?だよ》
2012年7月27日
ついにポニーがやってくる
ポニー牧場開設だ~!!
(第67話で書いた“ホロカの家”から)
ただ今回はたぶん2頭のみ
何か不測の事態が起きてはいけないので
暴れん坊の若手ではなく
人慣れした親ポニー
内一頭はおなかに赤ちゃんがいます。
期間は8月1日から19日(日曜)までを予定。
昨年、「こんなことをしたらどうだろう?」
って色々アイデアを書いたんだけど
まずはその一つが実現です。
患者さんたちも保育所の子供たちも
いえいえ私たちスタッフも
みんな今からホントに首を長くして
窓からその予定地を見てま~す。
生き物を観るってリハビリにも良いんだって。
ただ急の決定だったから準備に大慌て
病院の保全課の人たちが、こわれているというか
朽ちそうな柵に添え木をしたりして手直ししたんだけど
エサ場や水飲み場の設置
雨よけの屋根もいるだろうし……
それだけでなく
8月予定の保育所と患者さんの合同運動会用に
裏庭を“競技場ぽい”ふんいきに整備したり
競技用の道具も作ったりしてたからダブルで大忙し。
それに看護部他スタッフはスタッフで
水やりコスモス畑の雑草とりと総動員、総力戦
花が負けそうなくらい次から次に雑草が出てくるものだから。
「やる以上は徹底的に!」
を合言葉に、お肌を気にしながらガンバッテます。
ポニーと花畑と子供達
そして私たち美女軍団?(誰かがそう言ってます)のコラボ
みんな楽しみに新十津川町に来てね~!!
第205話
《大変だ~ 札沼線が運休だぞ~??》
2012年7月25日
これ、札沼線の廃線話じゃないからね
でも運休は一部本当。
理由は計画停電。
「電車じゃないのに停電が関係?」
って、確かにその通り、列車は動かせます。
ただ途中の踏切信号機が機能しないからで
前日夕方6時発表の、「停電の可能性あり」
となったら運休とのこと。
これ、この夏はロンドンオリンピック
高校野球・甲子園全国大会などもあって
「クーラーのきいた部屋でのんびり観戦」
なんて電力需要が大きいからだそうです。
これまで「計画停電」って聞いても個人的には
「少し不自由するだけだから」
なんてそれほど気にもしてなかったのだけど
人の命を預かる病院はそうはいきません。
「その時はどうしたら?」
ってシュミレーションをしたら色々大変なことが。
で、一番問題になったのが患者さんの食事。
普段はダムウェーター(昇降機)で温冷車を
各階に上げているのだけど停電になると当然だめだし
それより何より調理機器そのものが使えず
食事の準備も大変です。
「自家発電があるんじゃ?」
って言われるだろうけどもちろん備えています。
だけどそれは照明など
最低限の病院機能を保つための物だから
電気消費が大きいものは使えないのです。
そこで
「じゃあ、エレベーターに乗ってる時
停電になったら出られなくなるってこと、2時間も?」
という質問も。
これほんとうに、ムムムムム……
でもこんな時だからこそ
「皆で力を合わせて頑張らないと!」って、ネ。
第204話
《今年の新十津川町ふるさと祭り
いざ出撃!!》
2012年7月23日
7月29日(日曜)は新十津川町ふるさと祭り
その中の最大の盛り上がりイベントが
右写真の“泥(デイ)ブリッジ”
「ただ情報を流してるだけじゃつまらないから
誰か出ればいいのに」
そう一人のスタッフが提案を。
聞いていた一同
「それいいじゃん。優勝賞金10万円だよ」
と大賛成。
だけどだけど……だよね
「じゃあ、誰が出る?」
ってことになると……沈黙(ちんもく)
全員かよわき乙女??の表情に。
この時、わたし
「やばい!」
って何か殺気を感じたんだけど
やっぱり皆の目が許さないって雰囲気で……
だけど29日はシフトが出勤日。
「そうか、シフトを変えてまではね」
との先輩の一言で
「チョーラッキー!」
いえ、表面上は
「とても残念」
という顔で胸をなでおろし。
皆の方が私より“残念”っていう顔だったけどね。
ほんと、一時はどうなることかと。
で、参加者を院内に募ったり
当日が休みの人でクジ引きをしたりで
男女3人が決定!!
内、一人は受付の華、ほんとうにかよわき乙女に。
みんなで応援団結成だぞ~
ただ正式出場者は当日会場で抽選があり
競争率2倍だそうだから
まさか一人も出られないなんて……ないよね?
第203話
《さあ夏本番 夏休みだぞ~》
2012年7月20日
冬が長い北海道など雪国を除き
明日からいよいよ夏休み。
さあ、北海道へ新十津川駅へいらっしゃ~い
子供たちも待ってるからね~(第180話)
この子供たちのお出迎えとお見送り
他の人のブログを見てたら
写真付きでポチポチ取り上げられてました。
また札幌市在住の高橋さんも写真を。
ただ中には
「遊びに来ていたどこかの保育園児」
といった表現もあって
確かに遊びには行ってるのだけど
一応は前述の目的が主です。
それと「新十津川幼稚園?」
って聞かれることが。
これも確かに保育所と新十津川幼稚園
の両方を兼ねてる子供もいるのだけど
空知中央病院内保育所「のびのび」
多くは病院スタッフの子供たち
そして隣接する他施設スタッフの子供たち。
これは厚労省が今年から
他からの受け入れも容認したことからです。
子供たち、明るくて元気でしょ?
いつもかわいい笑顔でお出迎えです。
患者さんたちも
「見てるだけで元気になる」って。
この慣わし昨年から始まったんだけど
きっかけは駅周りの花のお世話
その時に旅の人たちと触れ合い「お見送り」をしたことで
子供たちが「また行く!!」
と日常の一環になってきたわけなの。
ただここは病院
前にも書いたけど当直もある保護者のシフトだから
日によって人数はバラバラ
またカゼなどひいた時
そして昼寝の時間
つまり12時35分着の列車には出られません。
でも朗報が。
夏休みに入ると幼稚園や小学校はもちろん休み
だから彼らもいっしょになって又またにぎやかに。
旅のひとたち、期待しててね~
第202話
《真っ赤な“さくらんぼ”だよ~》
2012年7月17日
北海道は果物の宝庫
りんご、ぶどう、さくらんぼ、他エトセトラ
その都道府県別生産高も上位です。
なのに全国的にはあまり知られていないらしく
その理由を考えてみたんだけど
たぶん、北海道が九州(7県)よりも広いことで
生産の中心地がばくぜんとしてしまっているのかな
って私的には思ったのだけど。
そんな中の一つ“さくらんぼ”
全国シェア70%という山形県は別格として
青森県や山梨県と2位争いを演じている北海道
明治初期にドイツ人が北海道に植えたのが日本初
その生産の中心は小樽市や余市町と南の方だけど
ここ新十津川町でも庭木に植えている家庭や
通勤の道すがらに木が立っていたり
日常的に目にふれることができます。だから
「北海道が本家本元!!」
って言いたいんだけど
何と言っても“さくらんぼ”といえば佐藤錦(さとうにしき)
品種改良でそれを作ったのが山形県東根市の
佐藤栄助(昭和3年)という人だから
やっぱり山形県だよね。
この佐藤錦、粒が大きく色も鮮やか
それにとっても甘いし
私的には好きな果物ベスト3の中の一つ。
家族全員、食べ出したらもう止まらなくて。
それにしても日本人ってすごいねって思うのは
こういった果物だけでなく
技術的なことも
よりおいしく、より美しく、より便利に機能的に
本家本元を追い越して改良していくんだもの。
さて私も日々創意工夫を……なんて言いながら
“さくらんぼ”
今日もおいしく、いただきま~す!!
第201話
《赤平市 熱い熱い火祭りだぞ!!》
2012年7月15日
前回第200回が“水”で今日は“火”
どちらも人にとってかかせないもの
といって過激すぎるととんでもない事に。
火はパッション、情熱
だけど烈火にならぬようご用心。
でもこれ烈火、強烈じゃない?
写真、「赤平市・第41回火祭り」の右の写真のこと。
燃え盛るたいまつの炎
激しく太鼓をうつ人たちの息遣い
祭りに参加した人たちの熱気がつたわってくるもの。
ここ、太鼓の人に女性が多いのも特徴
ドラマーとは言わないんだろうけど
「カッコイイー!!」
っていう声も飛んでたって。
ホント、そうだよね。
うちは祖父から始まって祭り好き、にぎやか好き
太鼓の音なんか特にで
それが聞こえてくるだけで自然と体が。
本当は家族みんなで行きたかったんだけど
今年は私の仕事のシフトで無理だから
写真鑑賞だけでした。
赤平市は新十津川町からだと滝川市を抜けて
富良野方向に空知川を少し上った所
病院スタッフも結構いていわば地元です。
その近隣町、芦別市、歌志内市、上砂川町
ひとつ山越えた美唄市、三笠町など
エリア一体が炭鉱町でした。
そんな中で赤平市は石炭にちなんだ火祭り
たぶん大阪の住友炭鉱が赤平だったことから
京都の“大文字焼き”がその原型だろうと。
でも京都の“大”に対しそのものズバリ“火”
これ石炭町らしくて良いよね
赤平市は滝川駅から釧路線でつながっているから
旅の人も是非立ち寄ってみてください。
第200回
《新十津川町周辺は水の町?》
2012年7月13日
ついにというか、おめでたく200回!!
違った見方をすれば今日は13日の金曜日
どちらをイメージして一日を過ごすか人それぞれ
私はもちろんおめでたい方を。
で、今日は水。
この周辺は水にちなんだ地名・町の多い所です。
「岩見沢市」「砂川市」「滝川市」「深川市」「旭川市」
「上砂川町」「浦臼町」「雨竜町」「沼田町」など。
これらは石狩川とその支流・とっぷ川、空知川ほか
アイヌの時代から水が豊富で
川の幸に恵まれていたことに関係があるのでは。
町の名前は明治時代の移住で本土というか
和名に変えられていったものも多いのだけど
北海道全体で見れば8割の名前にアイヌ語がそのまま
そして水にちなんだものが。
「当別」「芦別」の「別」(ベツ)は川の意味
「於札内」などの「内」は沢の意味
とっぷ川だって「トクプト川」の略でその「プト」は
川の交差するところ・入り口の意味とか。
では新十津川町は? となるのだけど
これはご存じのごとく母村の十津川村から。
ただ村のある紀伊半島は雨量の多い所
そのため明治22年に大水害にあってしまうのだけど
彼らは移住後も水を意識したのは確かだろうと。
余り知られてないのだけど、この地に移住してからも
何度も水害にあっているからです。
石狩川の氾濫・洪水です。
祖父に聞くと40年ほど前までは珍しいことではなかったと。
ついでに「洪水後の方が作物の出来がよかった」
っていう話まで。
しかしその石狩川からあふれた水も
札沼線の線路あたりまでだったそうで
鉄道を造るにあたり洪水の事も考慮されただなって。
これらの資料は新十津川町開拓記念館に展示されてます。
旅の人、時間があったらぜひ訪ねてみてください。
第199話
《もう一つの過酷なレース》
2012年7月11日
先週日曜日は第190話で紹介した
日本一?過酷なレース
新十津川町主催の“ピンネシリ登山マラソン”
だったけど、8月5日(日曜日)にまた一つ
“とんでも”過酷なレースが
「大雪山忠別湖トライアスロンin ひがしかわ」
空知中央病院からも救急医療班として
東川町在住の医師、そして理学療法士、看護師
救急車も。
トライアスロンは水泳、自転車、マラソンと
1人が連続して三つの競技を完泳・完走して
順位を争うスポーツ競技なんだけど
それを雄大な大雪山系・忠別湖で行おうというのです。
話を聞いただけで今回の話数みたいに苦しくなってきそう。
それにこれ、国体の予選も兼ねている本格的レース。
ただ、さすがに「一般参加の人も全競技とを」
いうのは過酷過ぎることから
3人のチーム・リレー方式で参加するのも可能とか。
その案内チラシを見ながら
「わたし、自転車なら何とかなるかな?
走るのは薬局の00先生にして、水泳は……」
なんてつぶやきながらふと例の先輩の顔を見たら
あれ、目が笑ってました。
スタートは水泳から。
300人位が一斉に泳ぎ始めるらしんだけど
波のない静かな湖面
そこに白い水しぶきがたち
その波が幾重にもなって岸に広がっていき
そんな中を豆粒のような人が前を競って横に縦に
一体どんな景色に観えるんだろうね。
壮観と云うか、すごい事になりそう。
競技参加はとても無理としても
観戦参加なら楽しそう。
夏のバカンスというか清涼を求めて高原へ
写真の町と呼ばれるくらい美しい自然
近くに温泉もあるし、みなさんもいかがですか?
第198話
《久しぶりに雨が……》
2012年7月9日
昨夜から久しぶりの雨
ほんと何日ぶりだろう。
余りにも晴天が続いて、また気温も高くなって
みんなぐったり。
面積があるから花への毎日の水やりも大仕事
けっこう水まきをしたつもりでも一度乾いてしまうと
表面から2センチほどがぬれただけ
せっかく新たに土入れをしたのに
根が張る深くまでは届いていません。
咲き始めたコスモスも
それに追いつこうと今が成長期の新芽も
しょんぼりうなだれてきて……大変、大変!
ただ旅の人には迷惑な雨
せっかく梅雨の無い北海道を期待してきたのに
無粋な雨では台無しです。
だから昨日のように人が眠りにつくころ降り始めて
目覚めた頃にはやんでいるっていうのが最高なんだけど
それは無理だよね。
「だけど夜の雨って
気分が落ち込んでる時にはきつくない?」
って友達が。
確かに気分が更にブルーになるかもとも思うけど
それは雨音に自分の気持ちを悪く共鳴させているから。
私の場合そこはそれ、楽天家だから
(友達はどこか抜けてるからって言うけど)
「雨音がステキな音楽みたいだし
それに悪いことも全部洗い流してくれるから
朝になったら気分爽快!」
この話、珍しく真剣に友達も。
「それ、そうかもね。今度やってみる」
って。
みんなも朝は気分爽快!!
第197話
《カッコーの鳴き声って……》
2012年7月7日
今日は七夕(昨年は第39話)、天気も良いし
だから病棟全員で力を合わせて作った
「病院での七夕飾りのことを」
と最初思ったんだけど
短冊に書かれた患者さんの願い事を一枚一枚読んでると
その多くが「早く良くなって家に帰りたい」
みんなちょっと切なくなってきて
ヨシ、自分たちががんばなくっちゃって……
その時に窓の外、駅の林の方からカッコーの鳴き声が。
で誰ともなく話題がカッコーに。
ただ、私的にはこのカッコーの話も
何となくもの悲しい気持ちになってしまうんです。
それは幼い頃、母から聞いた寝物語からです。
私の母は寝物語に本を読んでくれたり
色々な話をしてくれたのですが
ほぼ毎日の事だから話題に尽きてしまって
自分の創作話をおりまぜていたらしんです。
その中にカッコーの話が。
カッコーはホトトギスなどと同じく
托卵(たくらん)の鳥で、違う鳥の巣に卵を産み
(ホオジロ、モズ、オナガ、ウグイス他は育てる方)
その鳥に育ててもらうらしいんだけど
その一つ、ウグイスなんか
卵からかえった子供(ホトトギスなど)が
自分より体がはるかに大きくなっていくのに
巣立つまで一所懸命エサを運ぶって。
子供も、ウグイスを自分の本当の親だと。
鳥は卵からかえって目を開けた時
最初に見た「動くもの」を親だと思うんだそうです。
で、母の創作話の結末
後でカッコーもやっぱり自分の子供が
恋しくなるんだけど、ウグイスは勿論、子供も
「イヤダ、違う! ウグイスが私の親よ」
って戻ってこないんだって。
「だからカッコーは『私の子供を返して、返して
カッコー! カッコー!』って悲しそうに泣きながら
林の中をさまよってるのよ」
「ウグイスの鳴き声が明るくていつも楽しそうなのは
仲の良い家族がいっしょにいるからなの」
一つ屋根の下、病院のみんなが家族……だよね?
第196話
《熊野水軍と河野水軍と
源義経と静御前 その④》
2012年7月4日
話が4話連続になっちゃったけど
あと少しお付き合いを。
義経は後に兄の源頼朝から追われる身となるのだけど
その理由の大きな一つが義経の“独断専行”だと。
“一の谷”でも“屋島”でも,全軍の大将でありながら
自らが作戦を考え、先頭に立って突撃していきます。
熊野別当を説得したのは別当・湛増の息子と伝承される
弁慶(べんけい)と云われていますが
私が考えるに、何でも自分でやってしまう義経が
信頼が厚いとはいえ弁慶一人に
任せっきりというのは考えられません。
だから平家を又しても海に逃がし地団駄(したんだ)を
踏んだ香川県・屋島の戦いの帰り
新宮別当(元々から義経寄り)までは行けなかったとしても
その足で田辺別当の所に行ったと思うのが自然ではと。
それまで平家に肩入れをしていた田辺別当・湛増
その義経の説得に心傾いたのでしょう。
そこで十津川郷にも新宮にも伝令が飛び
十津川郷では合議をし、源氏方になったのでしょう。
その後、前述のように鎌倉の兄・源頼朝に
追われる身となった義経は、妻妾・静御前らと共に
西国で再起をはかろうと港を出航しますが
嵐で舟が戻され、吉野・十津川へ逃れます。
たぶん、その舟を動かしていた水軍に十津川郷士もいて
彼らが先導して義経を十津川にかくまったのでしょう。
壇ノ浦での戦いを通じ、義経と十津川郷士との間に
大きな信頼関係が生まれてたからこその話だと。
祖父から聞いていた“本能寺の変”直後の“伊賀越え”
徳川家康と服部半蔵の信頼関係を連想してしまいます。
ただ雪深い難山の逃避行を心配した義経は
静御前を港に残しました。
静御前は捕えられ鎌倉の頼朝の元に護送され
荒くれ関東武士の満座の中
鎌倉八幡宮の回廊で踊るよう命じられますが
その時、踊りながらに歌ったというのがこの有名な歌。
「しづやしづ しづのをだまき くり返し
昔を今に なすよしもがな」
「吉野山 峰の白雪 ふみわけて
入りにし人の 跡(あと)ぞ恋しき」
そうです、吉野郡十津川の深山に雪を踏み分け
入って行った義経を慕っての歌でした。
頼朝は激怒しますが、同席していた妻の政子が
「私が逆の立場でも、同じようにあなたを慕って歌う」
と言ったので許されます。
鉄の女・北条政子と後世に伝えられた彼女
やはり心優しき女性です。
余談ですが、第31話で書いた丹生都比売神社の社殿
その一つは厳島神社(平氏の守り神)からの勧請で
北条政子の寄進によるものだそうです。
どうだったでしょう
十津川の名もなき民の目線で見たもう一つの源平話。
例によって速足に
話もあっちこっちに飛んでしまったけど
一応?? これで終わります。
第195話
源義経と静御前 その③》 2012年7月2日
十津川村史にも記述さえなかったもう一つの理由
それは水軍に海賊のイメージがあるからでしょう。
でもそれは違います。
確かに大勢の配下の中には
海賊行為をする輩(やから)もいたのでしょうが
騎馬(きば)軍団の陸軍に対し船の水軍
違った見方をすれば水先案内人・海運業です。 熊野別当は、格式高い職務で歴代の天皇(上皇) が御幸した熊野三山(三神社)の統括と保護、 水軍の保持はその一環。
河野水軍・河野氏も、源頼朝の妻
北条政子の妹の嫁ぎ先であり(当主・河野通信)
河野氏は伊予の守護代として戦国時代の末期まで
その分家の一柳氏は江戸大名として続いています。
(ちなみにNHK放送“坂の上の雲”の主人公
秋山兄弟、正岡子規そして徳川家光の乳母・春日局
幕末の英雄・桂小五郎などは河野氏の子孫)
で、この河野水軍・河野氏の祖・越智氏は
紀州(和歌山県)の紀氏と縁戚関係にあり
また、河野氏は瀬戸内海の西半分
熊野水軍は瀬戸内海の東半分の制海権を保持し
お互い争いもせず協力関係にあった事を考えると
この両水軍に何重もの深いつながりがあったと思えます。
だからこそ、周りが平家一色という瀬戸内で
両者が一致して源氏に味方したのでしょう。
またそう考える事で、193話で書いた十津川村の方言と
伊予・愛媛県の方言が同じ理由も理解できてきます。
共通方言の事象は、十津川郷と瀬戸内沿岸の
つながりの深さの証明です。
ちなみに義経に早くから肩入れした
熊野水軍・田辺別当家の新宮・源行家の祖祖父は
伝説的源氏の棟梁・八幡太郎義家(義経の4代前)
また田辺別当・湛増(たんぞう)も平氏・源氏の
どちらとも縁戚、そして同じく、河野氏の伊予も
源頼義(八幡太郎義家の父)が伊予守であったように
代々源氏との関係が強いところで(義経も伊予守)
鎌倉初期、岐阜が本拠の源氏・土岐(とき)氏も
松山市に隣接する久万郷に領地を得ています。
(河野氏が逆に岐阜に領地を持ち、お互いが協力。
なお坂本龍馬が土岐氏の末裔と云われていますが
また地図を見ると、土岐氏の領地久万郷から久万川
を下れば瀬戸内ではなく仁淀川となって高知市へ。
この土岐氏、豊臣秀吉・四国攻めの時
土佐の長宗我部方となって戦っています。
だから龍馬は史家が否定する土岐氏・明智光秀の
係累ではなく、私的にはこの土岐氏の子孫ではと)
またまた竜馬の話で横道に。
どうしても熱が入ってくるものだから……
義経と静御前の事は次回に。